2014年2月9日 星期日

神風特攻隊員遺品申遺

  特攻遺書を世界記憶遺産に申請 南九州市、15年登録目指す
 南九州市は4日、特攻隊員が家族らに宛てた遺書・手紙など知覧特攻平和会館が収蔵する333点の2015年世界記憶遺産登録を目指し、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に申請書を発送した。

霜出勘平市長は会見で「明日命がない極限の中で残した最後のメッセージは、戦争の悲惨さを象徴する貴重な資料」と強調。「15年は戦後70年。節目の年に世界に向け平和の大切さ、命の尊さを発信したい」と語った。

同館には、旧知覧町時代の1950年ごろから収集保管している資料約1万4000点を収蔵。申請物件には、隊員自身のサインや日付が記載され、直筆と特定できる333点を選んだ。内訳は遺書108点、絶筆20点、手紙20点、寄せ書き37点など。幼い子どもが理解できるようカタカナで書いた遺書、将来を約束した婚約者に宛てた手紙などが含まれる。

  南九州新聞 2014年2月5日9時0分

  外國的相關報導:

 日本 ユネスコの世界遺産に神風特攻隊員の手紙を含めるよう提案(俄羅斯之聲日文網站\2014年2月4日11時36分)

 鹿兒島縣南九州市推動神風特攻隊員遺品申請成為聯合國教科文組織世界遺產,大陸、南韓照例以「美化戰爭」為辭大加批判,然而比起日本的戰後意識型態變遷,小生更在意遺品本身的創作背景,是不是真有申遺的價值才是重點。

 當時的特攻隊員,在身心接近極限狀態中,傳世的聯絡書信、遺言等,大抵極為簡短;雖然也有慷慨為文,言情並茂的例子,但是從當事者戰後的回想,或戰死者同袍的證言可知,在軍中嚴格的檢閱制度,與環境壓力下,辭不盡意,言匪由衷。能反映多少真心話,乃至那些部分是以隱誨的方式表現,其實有很多可以深究的餘地。而戰時公開的書信,與戰爭中未披露,戰後才由後人發表者心態差距更大。日本人當然清楚這點,所以是從現存為數龐大的遺品中,選擇有本人簽名,或時間可考的作品為代表辦理申遺。

 正因為遺品背景與述作心態的複雜性,如經過慎重研究並配合證言,固然有戰史、文化史價值與客觀意義,但是不是象徵非戰和平精神,乃至真能為國際普遍接受以申遺成功,恐怕是不同層次的問題。

 #備考:

  特攻隊員の遺書 世界記憶遺産登録に向け申請へ 込めるべきメッセージは「聖戦」(TheLibraryWeb\2014年2月5日)

  有話要說-神風特攻隊聯合國申遺(中國時報\2014年2月9日)

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